多勢を相手に必死の抵抗が乱闘となり行くことでわかります。
お松は全く気が気でありません。
せめて、この相手の一人が、何とか言葉を出してくれればいいと思いました。
何とか一言いってくれれば、この気がいくらか休まると思いました。いいえ、そんなどころではない、追われて来て、ここで組み止められている人が、七兵衛おじさんでなければ果して誰でしょう。
違いない、違いない、七兵衛おじさんがこうして追い詰められて、いま、つかまろうとしているところだ。
ああ、どうしよう。
自分の力では――出ていいか、出て悪いか。出たところでどうなるものかと言ったって、みすみすああして、捕まってしまうものを……
「うぬ、てごわい奴!」
「あっ!」
「失敗《しま》った!」
この失敗った! という一語が、どちらの口から出たのか。それだけが、わくわくしていたお松の耳にそれてしまいました。いや、たしかにその一語を聞き止めたには相違ないけれども――それがいずれから出たのか、仏兵助と名乗りをあげた桶屋さんの口から出たのか、追いかけられて組みつかれた七兵衛おじさん――仮りにその人だとして――の口から出たのか、お松が聞き漏
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