般若の面とが、くっついて離れないことをよく知っている。あいつは、母の腹の中から般若の面を持って生れて来たのではないかとさえ思っている。
その般若の面の、描くべからざる場面に描かれているのは、どうして、清澄村の茂太郎が尋常一様の清澄村茂太郎としては通過しないことを証明しているではないか。
それに――もう一つ合点《がてん》のゆかないのは、清澄村と名乗るからには村である。村である以上は、城下であるべきはずはないのに、その肩書を見給え、「仙台大手御門前」と明らかに註してある。
どちらから見ても、ちぐはぐだらけ、矛盾だらけだ――こいつを納めた奴の常識のほどが疑われる。いやいや、その常識のほどを疑うこっちの判断が、こんがらかる。
ちょっとこのままでは立去れないよ。そこで白雲は、手をさしのべて、そのまだ新しい、謎《なぞ》の絵馬をひっくり返して見ると、裏面に、
[#ここから1字下げ]
「百姓、七兵衛納」
[#ここで字下げ終わり]
とある。
「はてな――これはまた、はてな以上のはてなだわい」
白雲はついに、道祖神の御神体石の首から、その絵馬をもぎ取って、自分の鼻づらへ持って来てしまいました。
前へ
次へ
全227ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング