、ごく拙いものではあるが一つ大きく描いてありました。
「迷信はところがらで致し方がないとしても、社へ納める絵馬に般若を描くやつもなかろうではないか」
そう思って、白雲が見直すと、その署名に、
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「清澄村、茂太郎納」
[#ここで字下げ終わり]
と筆太く記して、その頭へ小さく「仙台大手御門前」と割註《わりちゅう》がしてある。
「はてな――」
田山白雲は、全く別様な頭の働きを、この異様な額面の絵と文字との上に向けて、一思案なからざるを得ませんでした。
「はてな――全く、これは、はてなだ――清澄村茂太郎なる者がこの額を納めたとな。広い日本の村々のうちには、清澄というのも一つ以上あっていけないというはずはない、また茂太郎という名乗りも公儀へ御遠慮を致すべき差合いのある名前とも覚えていない。房州の清澄の、あのでたらめの歌うたいの茂公のほかに、天下に、もう一人も二人も清澄村の茂太郎なるものが存在してはならない筋合いもないのだが、それにしても、これは少し度外《どはず》れだ、名前そのものは度外れでないにしても、図柄そのものが、度外れだ」
白雲は、でたらめの歌うたいの茂太郎と、
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