露に泣いたこともある。定まらぬ旅路の中の旅路の身、昨夜は大海の上で、今宵はこうして松島の月をながめているけれども、明日の夜はいずれの里に、いかなる月をながめるか計られない。
 それはなにも自分に限ったことはない、誰にしても、本当にこれでよいと落着くことのできないのが人間の一生で、落着くところはすなわち墓――というほどの、ひとかどのさとりの下に愚痴をこぼさず、感傷に落ちないお松でしたけれども、こうして静かに海岸の月夜を歩かせられていると、泣かないわけにはゆきません。月に心を傷められると、身に思い当る人という人の運命を思いめぐらして、その人たちのためにも泣かざるを得ない気持に迫られました。
 宇津木さんも苦労をしているが、机竜之助というやつ、憎いも憎い悪人だが、それでもどうかすると、何とはなしに、かわいそうに思われてならないこともある。七兵衛おじさんの親切は再生の親も同じとは思うが、それにしてもあのおじさんも、もう少し落着けないものかしら――足の速いことが仇《あだ》になって、一つ所にじっとしていられないために、よけいな苦労を求めて廻る、あの持って生れた速足さえ無ければ、ほんとに暢気《のんき
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