と夕餉《ゆうげ》の仕度をととのえたり、部屋のうちを片づけたりして待っておりました。
 しかし、白雲先生も今日はまたイヤに気が長い、お連れが出来てどこへか行かれたそうですが、そのお連れはどちらの方か、いつぞや案内をうけたという、仙台の女学者で高橋という先生ででもありはしないか。
 そんなことを考えている間に、いつしか日も海に沈みました。
 もうよい時分――と、お松が例の包みを抱えて外へ出た時分に、月が上っていました。月が松島湾の曲々《くまぐま》を限りなく照していました。まあ、こんないい月夜を、日本の国で一とか二とか言われる風景のところでながめながら、自分というものの身もはかないものだと――お松は岸に立ったなり、何となしに涙がこぼれてまいりました。
 思えば、あの大菩薩峠の上の出来事以来、自分の身世《しんせい》も、あちらに流れ、こちらに漂うて、幾時幾所でいろいろの月をながめたが、この世に自分ほど不運なものは無いとは言わないが、自分というものもまた、あまり幸福にばかり迎えられた身とは思えない。京島原の月、大和《やまと》三輪初瀬の月、紀伊路の夜に悩んだこともあれば、甲斐の葡萄《ぶどう》をしぼる
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