て出たものではない。
そうなってみると、一方から、この小胆にして多慾なる紙屑買をオドかして、蘆葦茅草をガサガサさせたいたずら者の何者であるかということも、存外簡単な問題であって、それは貉《むじな》でした。
二十七
土俗の間では、貉と狸とは別物になっているが、動物学者は同じものだと言っていることは前巻にも言った。ともかく、このせせこましいうちに、多分のユーモアを持った小動物は、東方|亜細亜《アジア》特有の世界的珍動物の一つとして学者から待遇されている。人を化《ばか》すとか、腹鼓《はらつづみ》を打つとかいう特有の芸能を見る人は見る人として、犬族としては珍しく水に潜り、木にのぼる芸当を持っているということを学者は珍重する。食物にも選り嫌いというものが少なく、小鳥も食い、蛇も食い、野鼠も食い、魚類も食い、昆虫も食い、蝸牛《かたつむり》も、田螺《たにし》も食うかと思えば、果実の類はまた最も好むところで、木に攀《よ》じ上ることの技能を兼ねているのはその故である。
ただ、かくの如く、器用であり、魅惑的の芸能を持ち、食物に不平を言わない当世向きの性格を持ちながら、自分が自分としての巣を作ることを知らない、他動物の掘った穴の抜けあとを探しては、おずおずとそこを占領して自分の仮りの住家とする、追い出されれば直ちに出て行く代り、岩の穴でも、木のうつろでも、身を寄せて雨露を凌《しの》ぐところさえあれば、そこに身を寄せてまた不平を言わない代り、いつまで経っても自分の力を以て文化住宅を営もうなんていう心がけはないのです。
この原始的にして、進取の心なく、抵抗の力に乏しい小動物は、今し夜陰、こうして食物をあさりに出たものと見える。その出動がはからずも、紙屑買であり、焼跡せせりであるところの、のろま[#「のろま」に傍点]清次の仕事を脅《おびやか》す結果になったとは自ら知らない。
自分が人を脅して、かえって自分がそれにおびやかされている。
紙屑買ののろま[#「のろま」に傍点]清次は水たまりのところまで息せき切って避難してみたが、この敵は存外手ごたえがなく、いつぞや焼跡で見た幽霊であり、辻斬の化け物であり、柳の下で組み伏せられた若衆のような手硬い相手でないことに気がつくと、またそろそろと、おばさんの最期《さいご》の焼跡の方へ立戻って来ました。
立戻って来て見ると、も
前へ
次へ
全220ページ中58ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング