ぎ》ヶ浜《はま》、裁断橋《さいだんばし》――それから、まっしぐらに、古鳴海《こなるみ》を突破して、ついに、ここまで落着いたのだから、前後左右を忘れるほどに疲れきって、つい寝そべってしまったことも無理はありません。
 半ば以上無意識で、睡眠をとろりとさせていたが、やはり夢を破られても夢心地で、
「やんなっちゃあな[#「やんなっちゃあな」に傍点]」
と、米友は、ひとりでこう呟《つぶや》きました。
「やんなっちゃあな」というのは、更に正しくてにをは[#「てにをは」に傍点]をはめてみると、「いやになってしまうな」ということで、これに漢字を交えてみると、「忌《いや》になって仕舞うな」ということなのです。何が忌になってしまったのか、それを強《し》いて穿鑿《せんさく》する必要はありません。ただ眼が覚めた途端の口小言と見ればよいのです。たとえば、転んで起き上る時に、「どっこいしょ」というようなもので、字句そのものに拘泥して、何がどっこいしょだか、どっこいしょでないか、それを詮議《せんぎ》する必要はないのと同じことです。
 そこで、米友は、半ば以上無意識の朦朧《もうろう》たる眼をもって、
「やんなっちゃ
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