あな」
と言いながら室内を見廻したけれど、うたた寝では毒だと気がついて、あわてて起き直るでもなし、辛《かろ》うじて、自分の寝そべっているところと向う前の隅に、きちんと、寝床がのべられてあり、枕が据えられてあることを、まず見出したもののようです。自分がうたたねをしている間に、宿でやってくれたものだか、自分を起すことを忘れたものか、起したけれども起きないから、そのままにしていたのか、或いはまた、せっかくよく眠っているのを起すのも気の毒だと思っているうちに忘れてしまったのか、それはどうでもいいが、せっかく、用意して待構えていた夜具蒲団に対しては気の毒だと思いました。
 しかし、米友が夢を破られたというのは、単にそれだけの理由ではありません。この男は、例えば、打って叩いても、熟睡から醒《さ》めないほどに眠りに落ちていたからといって、それが身辺に、いささかでも異例をもってこたえて来る場合には、必ず、眼を醒ますように出来ている男です。
 心がけのあるさむらいは、轡《くつわ》の音に眼を醒ますというたしなみが、さむらいではないけれども、米友には、先天か、後天かに備わっているのです。ですから、女中共が親
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