切で起そうと、ゆすぶり[#「ゆすぶり」に傍点]震動させても、ついに呼び起すことのできない場合にも、怪しの者があって、抜き足して近づけば、必ずガバと醒めて、その手がおのずから、首の下にあてがわれた杖槍に届くようになっているのです。
 ですから御覧なさい、半ば無意識で、夢うつつの境にぼんやり眼を据えながらも、その右の手は首の下に廻って、スワといわば、かの杖槍を変化《へんげ》自在に扱い得るように、あてがわれているのです。

         三十二

 果して、この一室へさいぜんから、怪しいものが闖入《ちんにゅう》していたのです。だが、安心あってしかるべし、それは裏宿の七兵衛でもなく、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵でもなし、今し、この室の一方の障子を押破って闖入し、今もうろうろとそこを歩いているのは、一つの真黒な動物でありました。
 半ば以上を、今や三分の二以上といっていいほど意識を取戻した米友は、この真黒い動物に気がつきました。
 その瞬間――猫にしてはズンと大きい、犬にしては丸過ぎる、犬と猫のいずれでもないという印象だけはうつりました。
 犬と猫でないほどのものが、鼠でありようは
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