ずはない。犬でなく、猫でなく、鼠でないとすれば、どうしても、これだけの大きさを持ったものは、野獣のうちのいずれかに属しているものでなければならないと、その瞬間に感づいたものですから、米友は、
「こん畜生」
 例によって杖槍は、いつでも自由自在に変化の利《き》く伏せ方にしておいて、ちょっと小首をたてて、睡眼に、その動物を篤《とく》と見定めようとしたものです。
 だが、この際、まだ十分に使用に堪えない睡眼を酷使して、薄ぼんやりした有明の行燈《あんどん》の光で、強《し》いて、その闖入の動物のなにものであるかを見定める労力と、必要とが、無用に帰したのは、件《くだん》の動物が、逸早《いちはや》く米友の腋《わき》の下へ首を突込んで来たからです。
「こん畜生」
と言って米友は、その鼻っぱしを左の手で、かっ飛ばそうとして、はじめてその動物の鼻っぱしの強いことに、一驚を喫しました。
 大抵の動物ならば、よし無雑作《むぞうさ》にとはいえ、米友が「こん畜生」といって刎《は》ね飛ばせば、一応は、相当の距離へケシ飛ばされて、それで、怖れて逃げるか、もう一ぺん狎《な》れて近づいて来るかの手ごたえがなければならない
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