ちゃんの泊っている、この座敷の直ぐ下のところあたりへ、押しかけてくるらしいから、何はともあれ、もう床の中で聞流しにしているわけにはゆきません。
「お祭のお神輿様か知ら、御祭礼があったようにもないが、おかしいねえ」
お雪ちゃんは、寝巻のまま立って、雨戸へ手をかけて無雑作に引きあけてみた途端に、
「あっ」
と言って、眼も口も打たれて、開くことのできなくなったのは、濛々《もうもう》として外から捲き込んだ烟《けむり》でした。
二十九
この辺で、名古屋で大持て[#「大持て」に傍点]のために有頂天《うちょうてん》になった頭の上へ、したたかに冷水をあびせられた道庵先生の近況にうつりましょう。
あの時の水かぶりで、危うく陸沈をまぬかれたが、先生の鼻息すこしも異状なく、宿へ帰ってつぎたしをして休みながら、宇治山田の米友のいないことなんぞも、一向お気がつかれませんでした。
先生は更に明日からの日程を、夢みながら……なお有頂天《うちょうてん》で、その得意さ加減、とどまるところを知りませんでしたが、こうして泰平楽《たいへいらく》に酔いきっている時、江戸で、その本城を衝《つ》かれて
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