るのもある。或いは子をいたわって丘を上るのもある。或いは牝牡《めすおす》、むつまじく交尾するのもある。かくして夕陽の峰に隠るる頃になれば、やはり人間の来《きた》って迎えざるに、おのおの隊伍を組んで、また以前の厩に帰って、おとなしく納まる。
 公達《きんだち》と兵馬とは、親しくその光景を見て、動物の有する相互扶助と、それから、無政府状態にして一糸乱れざる統制ぶりに、まず感心させられました。感心して後、彼等の仲間に分け入って、公達がいきなり、駒の勇ましい奴を一つつかまえて、乗ろうとすると、その駒はいたく驚いたようでしたが、周囲《まわり》の馬もまた、長い面と、黒い眼を驚かせつつ、いたずら者の為すところに、やや恐怖の念を抱いたようではありました。
 さりながら、この二人連れの者にいささかも害心がなく、やはり駒同様の、はずみきった若い人間種族が、我々と遊びたいがために、わざわざここまでやって来たに過ぎないのだ、我等をとって以て、肉親の愛を剥ぎ、これを市場に売ろうとして出て来たばくろう[#「ばくろう」に傍点]の類《たぐい》でないことを知り、いわば、これは、我等のための珍客であるというよりは友達であ
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