馬とは、この日、早朝から馬を並べて、日和田まで野馬をせめに行って、まだ戻って来ないうちの出来事がこの通りなのです。
もとより、二人とも、遠乗りのつもりで行ったので、泊って来る予定ではないのだから、こんなに遅く帰らないということは、出先で、その野馬ぜめなるものが、帰ることを忘れしめるほどに面白かったものか、そうでなければ、途中何かの事故を生じたために、こんなに遅くまで戻らないのでしょう。
左様、事実はその前者でありました。
日和田というのは飛騨の国内ではあるけれども、信濃、木曾御岳の境に当り、その辺の村の家々に飼われた馬は、毎朝、夜の明くるを待ち侘《わ》びて、厩《うまや》の戸をハタハタと叩く。
早く、戸をあけてくれよとの、持主に向っての合図です。
持主の家では、馬の催促に従って厩の戸をあけてやる。家々の馬は、いななき合って、勇ましく打群れて走り出す。誰も曳《ひ》く人もなく、御する人もないのに、思うまま野に出でて、終日を遊び暮らす。
或いは馬首をあげて、北風か、南風か知らないが、風に向っていななくのもある。或いは軽俊に走《は》せ違って飛行するのもある。或いは打連れて谷川をかち渡
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