う空気が、そうさせるとしか見えないのです。
 今や、棺の周囲に喧々囂々《けんけんごうごう》として、物争いの罵《ののし》りと、組んずほぐれつの争いと、棺を引摺り出そうという者、そうはさせまいとする者とが、座敷いっぱいに荒れ狂うている形相《ぎょうそう》は、どうしても、この室の内外に、何か力があってそうさせると思うよりほかありません。そうでなければ、石占山《いしうらやま》から取って来てお茶うけのつもりで出したあの茸《きのこ》の中に、きちがい茸があってそれを食べたために、すべての者が狂い出したのでしょう。
 そう言われれば、たしかにそうです。家の外の低気圧でもなく、室の中の悪気でもなく、あの茸です、あのきちがい茸です。それを食べたから、食べたすべての者が、こうして狂い出してしまったのです。ただ、罵る者、組んずほぐれつする者、棺を引き出そうとする者、そうはさせまじとする者のみではありません、大動乱の半ばに、大きな顔をして笑い出す者が起りました。とめどもない高笑いをしながら、傍《かた》えの人の髷《まげ》を持って引きずり廻していると、引きずられながら高笑いをしつづけている者もあります。
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