として、辷《すべ》ってまたのぼり、
「廻るわ、廻るわ、この家屋敷がグルグル廻る、廻り燈籠《どうろう》のように廻らあ、廻らあ」
と、天井を指しながら喚《わめ》く者も起りました。
 原因はわかりました、茸のせいです、毒のある茸のせいです。
 もし、たった一人でもいいから、その茸を食わなかった者があるならば、早く走って医者のところへ行きなさい。
 ところが、走り出そうとすれば、どっこいとつかまえられてしまいます。
 深夜のことで、大きな構えですから、あたり近所からも急に走《は》せつけて来る者はないようです。
 行燈《あんどん》も、蝋燭《ろうそく》も、線香も、メチャメチャです。畳を焦《こが》しただけで、消えてしまった蝋燭は幸い、座敷の一隅へころころと転がって行った鉄製の燭台に火のついたままのが、障子のところまでころがりついて、パッと燃えて、障子にうつったのは、ワザと火をつけに行ったようなものです。
 障子の紙を伝って、天井へメラメラと火がのぼると、折悪《おりあ》しく、そこへ油単《ゆたん》の包みが破れて、その紙片が長く氷柱《つらら》のようにブラ下がっていたのを、火の手が、藤蔓《ふじづる》にとりつ
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