の会衆も手のつけようがありません。そのうちに、また他の一方で物争いが持上りました。
 これは仲裁として立ったお通夜の者の中に、また別に、二つの説があって、
「角之助さんの言うのが尤《もっと》もだ」
と言うのと、
「新家の旦那の言い分が人情だ」
と言うのが衝突して、早くも組打ちがはじまってしまったことです。
 仲裁する者が仲裁されるようになると、今夜はどうしたものか、最初から空気そのものが只事でありませんでした。妙に人の心を沈めて、そのくせ神経をイライラさせるような低気圧が、この家の周囲に覆いかぶさっていたのか、それとも、この室内の空気がら、おのずからそういう悪気を孕《はら》み出したのか、それは知れません。
 仲裁が、二説にわかれては、争いがあるばかりで、妥協の望みは壊されて行くのみです。
 口を利《き》いているうちに、それがついに物争いになってしまいました。日頃、温厚を以て聞えた分別《ふんべつ》の者までが、言葉に刺《とげ》を持って、額に筋を張って力《りき》み出したことは、物《もの》の怪《け》につかれたようです。ですから、血の気の多いものは、言葉より手が早くなりました。どうしても、そうい
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