だから、なおさら不思議のことはないのです。やかましく言った代官の方でも、貴公子の充分なる諒解があったから、黙認の形式を取ったものだろうと思われます。
 広間の真中へ置かれた一つの新しい寝棺《ねかん》。その中には、当主であるべき例の淫乱の後家さん、白骨谷の通語でいえば、イヤなおばさんの亡骸《なきがら》が、白布に覆われて、いとも静かに置かれてある。
 夜になるとその周囲に、幾台もの燭台が点《とも》っている。昼のように明るいと言いたいが、その光が湿っている。棺の後ろには阿弥陀如来の掛像があり、棺の前には、さまざまの供物《くもつ》がある、香炉がある。すべての調度は遺憾《いかん》なく整っているところに、ボツボツと集まった親類縁者というものが、それでも、いつのまにか、その広間に溢《あふ》れるほどの景気となったのは、何といっても、この土地きっての大家の余勢でしょう。おのおのが線香をあげたり、水をやったりする。
 時としては、こういう席が、かえって賑やかになるもので、故人の徳をたたえてみたり、その邪気《つみ》のない失敗談をすっぱ抜いてみたり、また泣く泣くも、よい方を取るべき遺品《かたみ》分けの方へ眼が
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