って甲府を抑え、飛騨を取らんと申し入れて、さしもの豪傑連に舌を捲かせた上に、羅陵《らりょう》を舞って悠々と引上げたことを――その前後に、武蔵、相模の山中に、異様な物鳴りがあって、時ならぬ時、笛や太鼓の物の音が、里人や、猟師、杣人《そまびと》を驚かしつづけたことを。
現に兵馬も、その驚かされたうちの一人で、右の怪しい物音のために、猟師と共に武相の山谷に探検を試みたこともあったということを。
白骨谷へ集まった、お神楽師《かぐらし》を標榜する連中が、その崩れでないとは保証ができない。彼等の中には、幕府を制するには甲府をおさえ、飛騨を取らねばならぬということに精細な研究を積み、今や、よりよりその実行にうつりつつあるが、実行にはかなりの大兵と、軍費とを要すること。それに行悩んでいるらしい形跡はたしかにある。
彼等一味の有志連が、挙《こぞ》ってかつぎ上げるところの盟主は、白面俊秀にして、英気溌剌たる貴公子であった。今このところに鬱屈せしめられている、当の貴公子は、まさにその人であるに相違ない。
兵馬は今はじめて、その人を見、まず煙に巻かれてしまって、言句が出ないのです。
たとえば、この人
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