「さあ、わしが屋敷へ行こう。わしが屋敷といっても仮の宿じゃ、本当の家は京都の今出川《いまでがわ》にあるが、ここでわしのために定めてくれた家は、今まで空家《あきや》になっていた――この幽霊の出そうな空屋敷に、いわば座敷牢といったようなものに、わしはひとり納められて、出入りにも人がつき、身の廻りの世話は代官から、むくつけなのが交代で給仕に来てくれるのみじゃ。そなた、これからわしと一緒に、そのわび住居《ずまい》まで同道しや」
貴公子はこう言って、のっぴきならず、兵馬を拉《らっ》して、その自分が幽閉されているらしい屋敷へ連れ込もうというのです。
それは前に言う通り、それを預かる代官の家中も、かえって同意的に黙認しているらしいから、やがて兵馬はこの貴公子に引き立てられて、道場を立ち出でました。
「飛騨の高山には海が無い……その代り、思う存分駒に乗って、国内を飛ばせてみよう」
十八
曾《かつ》て、仮りに高村卿と呼ばれていた英気|溌剌《はつらつ》たる貴公子があって、多少の同志の者を連れて随所を横行し、江戸の三田の四国町の薩摩屋敷の中へ乗込んで、若干の兵を貸せ、その兵をも
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