いて、一議もなく、快き諒解《りょうかい》の下に、
「暫くお控え下さい」
次の案内を、兵馬が玄関先で暫く控えて待っている間、この代官屋敷の奥の一方で、しきりに三味線の音と陽気な唄の声が立上《たちのぼ》るのを聞き、兵馬は一種異様の感を起さないわけにはゆきません。
庭前では、道場を開放して四民の間に武術を奨励するかと見れば、奥の間ではしきりに三味線の三下《さんさが》り、それも、聞いていれば、今時のはやり唄、
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紺のぶっさき
丸八《まるはち》かけて
長州征伐おきのどく
イヨ、ないしょ、ないしょ
もり(毛利)ももりじゃが
あいつ(会津)もあいつ
かか(加賀)のいうこときけばよい
イヨ、ないしょ、ないしょ
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の調子で、荒らかに三味線をひっかき廻し、興がっている。
それを聞いて兵馬が興ざめ顔になったのも無理がありません。
十四
庭前では尚武の風を鼓吹し、奥の間では鄭衛《ていえい》の調べを弄《ろう》している。
それを甚《はなは》だ解《げ》せない空気に感じながら、用人の案内で道場へ通されて見ると、なるほど、盛んは盛んなものでし
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