という言葉を、ふんだんに使って紹介してくれたから、ついこちらでも左様でいらっしゃいますか、それは結構でいらっしゃいます、と返事をしてやりたいくらいに滑稽にも感じたけれど、なんにしても耳よりな話には違いない。
 お代官といえば、この飛騨の郡代のことであろう。徳川幕府より遣《つか》わされたるこの国の支配者で、この国ではなかなか軽からぬ地位である。その新お代官なるものが、道場を開放して、四民の間に剣術を習うことを許すというのは、今時《いまどき》、世間の物騒なのにつれて備うることの必要を感じたのか知れないが、人民に対して、威張り腐ることの代名詞になっているような代官その人が、進んで武術開放及び奨励とは感心なことである。
 兵馬は、それを聞くと早速に、教えられた通り代官屋敷の道場を叩いてみると、その時に、もはや戞々《かつかつ》として竹刀《しない》打ちの最中でありました。
 その音を聞くと勇みをなして、兵馬は玄関から正当に案内を申し入れ、型のごとく出て来た取次の用人に向って、自分が武者修行の旅行中のもので、御英名を慕いて推参したということ、兼ねて「英名録」や、その他旗本の要路の紹介免許状等が口をき
前へ 次へ
全163ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング