以上以下不洩様に相触れ、且右之趣板札に認め、御料私領の宿村高札場|或者《あるひは》村役人宅前抔に当分掛置候様可被相達候
  亥十二月」
[#ここで字下げ終わり]
 これは、新しいものではない、今に始まった警告ではない。
 つまり、近来、浪人と称するものが、或いは水戸家の浪人とか、新徴組とかいって、相当の資産ありそうな家へ無心に押しかけて、迷惑をかけ、追々増長して、或いは勅命だとかなんとかいって、横行するのにてこずった揚句、左様な者に対して斬捨御免を表示したものである。
 左様、飛騨の高山は、やはり幕府の直轄地であって、諸侯の城下ではないために、勤王を標榜《ひょうぼう》するやからよりは、水戸とか、新徴組とかいって入り込む方が今のところ、便宜がよろしいものと見える。
 兵馬は、いたる所でこんな高札を見かけることを珍しいとはしなかったけれど、これほど明瞭に保存されているのは少ないと思いました。立てるとまもなく汚したり、壊したりして、みじめな有様になっているところも多いのに、ここは相当年月を経ながら、かなり完全に保存されて、明瞭に読み得られることに、物珍しさを感じたくらいです。
 しかし、顧み
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