てみると、自分もこれで年少ながら、浪人の端くれとしての形を備えているようだ。怪しいと睨《にら》まれれば、怪しいと睨まれても仕方がないのだ。咎《とが》め立てをされれば、一応は弁解をしなければならない身だし、万一その弁解ぶりに疑点をさしはさまれて、土地の人気にでも触れようものなら、相当に冒険が無いとは言えない身の上だが、甲府城下では、あんなことになったのは是非もないが、その他のところでは、まずどこへ行っても、挙動不審と見られたことのないのは、一つは少年のせいでもあろうが、一方から言うと、こんな高札を立てたこと、そのことがすでに幕府の警察力の薄弱を充分に暴露したもので、怪しいと見た奴は容赦なく召捕れとか、手向い致さばきり殺すとも、打ち殺すとも勝手次第と触れてみたところで、お上《かみ》役人そのもののもてあます浪人を、進んで咎《とが》めたり、からめたりしようという向う見ずは、人民の中にそうたくさんありそうな理窟はない、有名無実な高札だとして、さのみ心に留めてはいませんでした。仏頂寺、丸山の徒ならば、横目で睨んで冷笑を浴びせて通るべく、南条、五十嵐あたりならば、墨を塗って走り去るかも知れません。

前へ 次へ
全163ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング