る」
とお雪ちゃんが叫びました。
 朧ろながら、それと見えるようになった人の姿は、背に何物かを背負うて、杖をついて、かるさん[#「かるさん」に傍点]のようなものを穿《は》いた一人の老人に紛《まぎ》れもありません。
 その老人は、湖畔をめぐって、お雪ちゃんの休んでいる方へと、杖をつき立ててやって来ましたが、いよいよ程近いところまで来ると、お雪ちゃんがまず言葉をかけました、
「弥兵衛さんですか」
「はい、弥兵衛でござんすよ」
 こちらが弥兵衛さんと呼び、あちらも弥兵衛さんと答えるのだから、これは弥兵衛さんに間違いはありますまい。

         二

 してみれば、お雪ちゃんは、とうにこの弥兵衛さんを知っていて、弥兵衛さんもまた、お雪ちゃんに頼まれるかなにかしていた間柄とみなければなりません。
 しかしながら、白骨へ来て以来の、お雪ちゃんの知合いには、曾《かつ》て弥兵衛さんという人は一人も無いから、これは、このたびの山道に、臨時にやとった山の案内者か、強力《ごうりき》かなにかであろうと思われます。
「わたしは弥兵衛さんだとばっかり思ったら、やっぱり弥兵衛さんでしたわ」
「はい、その弥兵
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