ね、先生、そんなことをおっしゃってはイヤですよ」
「でも、お雪ちゃん、お前はだいぶあのイヤなおばさんに、なついていたようだ」
「それは、あのおばさん、イヤなおばさんにはイヤなおばさんでしたけれど、それでも憎めないところがあって、イヤだイヤだと思いながら、どこか好きになれそうなおばさんでした、本来は悪い人じゃないのでしょう」
「は、は、は、あぶないこと、お前も二代目浅公にされるところだったね、あんなのに好かれると、骨までしゃぶられるものだ」
「全く、浅吉さんていう人は、なんてかわいそうな人なんでしょう、おばさんの方は自業自得《じごうじとく》かも知れないが、浅吉さんこそ浮びきれますまいねえ」
「だらしのない奴等だ」
と言いながら、竜之助は不意に起き上ったのは、厠《かわや》へ行きたくなったのでしょう。それを察したお雪は、自分も起き上って、かいがいしくしごきを締め直して案内に立ち上ります。いつもならば竜之助は、そんなことを辞退するか、お雪が知らない間に寝床を抜け出して、ついぞ手数をかけたことはないのですが、ここははじめての宿ですから、勝手が悪いと思ったのでしょう、お雪ちゃんのする通りに竜之助は
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