ります。さばかり、窮屈な鎧櫃の中に、かなりゆったりと座を構えて崩さないところを見れば、眠っているものに違いあるまいが、眠っていたとすれば、こうまで呼びかけられて、さめないはずはありますまい。
お雪が、狼狽し、且つ不安に堪えぬ色をあらわしたのは、あまり深い眠りに驚かされたのみならず、その眠っている人の面《かお》の色の白いこと、さながら透きとおるほどに見えたからなのでしょう。
「先生、どうぞお目ざめ下さいまし、わたしが冗談《じょうだん》におすすめ申して、この鎧櫃の中へ、あなたがお入りになれば、わたしがおぶって上げて、白川郷までまいりますと申し上げたのを、いつのまにか、あなたは本当にこの中へお入りになりました。わたしは、まさか、あなたがこの鎧櫃の中へお入りになろうとは、思いませんでした。どなたにしても一人前の大人が、この中へ納まりきれるものではないと安心しておりましたのに、もしやと気がついて、あけて見ると、この有様です。ほんとうに御窮屈なことでしたろう、ささ、どうぞ、お目をお醒《さ》まし下さいまし」
と、のぞき込んだ顔を、押しつけるようにして呼びましたが、その人は、ガラス箱の中に置かれた人
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