形のように、姿こそは、ありありとその人だが、返答がなく、表情がなく、微動だもありません。そのくせ、蝋のような面《かお》の色が、みるみる白くなってゆくものですから、お雪は、自分の身体そのものが、ずんずん冷たくなってゆくような心地がして、
「先生、焦《じ》らさないように願います、わたし、心配でたまりません、後生《ごしょう》ですから、お目ざめくださいまし。それとも、もしや、あなたは……生きておいでなのでしょうね、もしや……もしや、もしや」
お雪は、ついに鎧櫃にしがみついて見ると、これは透かし物のような鎧櫃の前立《まえだて》の文字に、ありありと、
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「俗名机竜之助霊位」
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「おや――」
――お雪はついに声をあげて叫びました。
七
「どうしたのです、お雪ちゃん」
事はまさに反対で、声の限り人を呼びさまし、呼びさますことに絶望の揚句、絶叫したその声を聞いて、かえって呼びさまされたのは、当のお雪ちゃんで、呼びさましたその人が、鎧櫃《よろいびつ》の中にあって、返答もなく、表情もなく、微動もなく、蝋《ろう》のように面《かお》の色の
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