「何をおっしゃります、お嬢さん、それが、あなた方のお若いところです……あの白山へ登るよりは、この白水谷を下る方がずっと楽には楽なんですがね」
と言って老人は立ち上り、砂上に置き据えた鎧櫃《よろいびつ》に手をかけた時、お雪が急に、そわそわとして、
「おじいさん――まあ待って下さい、急に気がかりなことがありますから、その鎧櫃の中を、ちょっとでいいからわたしに見せて下さいな、今になって気がつくなんて、ほんとに、わたしはどうかしています」

         六

 お安い御用と言わぬばかりに、弥兵衛老人が鎧櫃の蓋《ふた》を取って見せると、井戸の底をでも深くのぞき込むように、お雪は傍へ寄って、
「わたしが頼んでおきましたのに、今まで忘れていました、さぞ、御窮屈なことでしたろうにねえ」
 鎧櫃の中には、人の姿がありありと見えているのであります。
「先生、ずいぶん御窮屈でございましたでしょうねえ」
 人の姿は見えているけれども、返事はありません。
「先生」
 やはり手ごたえはない。
「おや!」
 お雪は一方ならずあわて[#「あわて」に傍点]ました。
「先生、お休みでございますか」
 でも、やっ
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