で道庵にたわごとを述べさせていた聴衆も、「ぬけ殻のようなものさ」と言われた時に憤然として、もう許せない、という色が現われました。

         四十九

 はじめは神妙に聴き、中頃少し調子が変だなと思いながら、お愛嬌に聞き流していたが、ようやく進むに従って、義理にも、我慢にも、許せない気色を、ここの聴衆が現わしたのは無理もないことです。
 おや、酔ってらっしゃるんだな――と思って見たが、酔っているにしても、容易ならぬ暴言である。名古屋に人間無きかの如くコキ下ろすのはいいとしても、ここの城主、御三家の一なる御代々をとらえて、噛んで吐き出すようなる悪態が口をついて来たものだから、老巧なのが咳払いをしたぐらいでは追附かず、
「こいつは途方もない」
「馬鹿!」
「気狂《きちが》いだっせ――」
 場内ようやく騒然として、掴《つか》みかかる勢いを為したものが現われ出したのは、それはまさに、そうあるべきことで、温厚なる医者と、学生を中心とした席であればこそ、ここまでこらえて来たようなものです。
 道庵の暴言は、まことに容易のならぬものであるが、一方から言えば、司会者の責任でもあるのです。司会者
前へ 次へ
全163ページ中156ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング