早く、大八車をおっぽり出して、一目散に逃げてしまいました。
四十三
大八車の上に置き残された宇治山田の米友。多くの人の周章狼狽を解《げ》せないことだと思いました。
熱田の宮の前で喧嘩が始まったということが、忽ちに戦争に変化して、やがて、異国人が押寄せて来た! それ! という叫びで、すべてがあわてふためいて動乱して、我勝ちに走り且つ倒れつつ逃げたのは、甚《はなは》だそのいわれなきことだと思わずにはいられません。
喧嘩にしても、戦争にしても、鬨《とき》の声一つ聞えないではないか。太刀打ちの音も、矢玉の叫びも、何一つ合戦らしい物の響はせず、もとより火の手も上っていない、狼藉者《ろうぜきもの》及び軍兵らの影も形も、一つも見えないではないか。それだのに、戦争! 異国人が押寄せて来た……
時代が少し怯《おび》え過ぎているとは米友は知らない。濃尾地方は地震がありがちの地だから、地震に関聯してそれ異国人、朝鮮人と、魂を浮動させるように出来ているのではないか、とも思いました。
浦賀へ来たペルリは軍艦四艘、人員二千人足らずであったが、江戸へは六百艘八万人と伝わり、京都へは三
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