「何が、へ、へ、へ、だい、大きなずうたいをしやがって、頓馬《とんま》だねえ」
お角さんが、啖呵《たんか》を切ってやりました。これはこの場合、お角さんとして少し癇が強過ぎたかも知れません。
そう好んで喧嘩を売りたがるお角さんではないのだが、この時は虫の居所が悪かったのです。
「何、何じゃ……わりゃ、頓馬だと言いおったな」
相撲取が、急に気色《きしょく》を変えました。
こいつは、あながち取的ともいえない、勉強さえすれば十両ぐらいにはなれそうな奴だが、田舎廻《いなかまわ》りのために慢心したのか、最初からキザな奴だ。
「言ったよ、頓馬と言ったのが悪かったのかえ、人の足を踏んで、御挨拶の一つもできぬ奴は、頓馬だろうじゃないか」
「わりゃ、天下の力士を知らんか?」
そこで、物争いに火がつきました。だが、この物争いは火花が散るまでには至りません。
それは、お角さんの気合いが角力取を呑んでしまったというよりは、天下の力士というものが、こうも多数に集まっていながら、一人の女を手込めにしたという風聞が立っては、外聞にはならないのみならず、人気にも障《さわ》るということに気がつかないわけにはゆ
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