かなかったからでしょう。
女というだけに、そこにどうしても優先権があるようです。しかし、また一方から言えば、天下の力士ともあるべきものが、女一人をもてあましたとあっては、外聞はとにかく、この場の引込みがつかないという事情もあるようです。
お角さんは、それをせせら笑いながら、手廻りのものを押片附けて、待たしてある駕籠屋《かごや》を呼ぼうとすると、この時、店の一方で遽《にわ》かに、すさまじい物争いが起りました。ほんの一瞬間の言葉|咎《どが》めから争いが突発したものらしく、さすがのお角さんさえ、度胆を抜かれて振返ったくらいです。
見ると、黒縮緬《くろちりめん》の羽織いかめしい、この相撲取の中でも群を抜いたかっぷく[#「かっぷく」に傍点]と貫禄に見えるのを、これも劣らぬ幕内力士らしい十数名が取りついて、遮二無二、これを茶店の外へ引きずり出そうとしているところです。
これは下っ端の争いではなく、いずれも幕の錚々《そうそう》たる関取連が、腕力沙汰を突発せしめたのだから、事の態《てい》が、尋常よりはずっと大人げなくも見え、殺気立っても見えます。抜群の関取は必死に争うけれども、衆寡《しゅうか》
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