いつも、売られて行く、頑是《がんぜ》なく、今は何も知らねえが、今に泣かされることだろう……と米友は身にツマされてくると、自分たちというものと、ムク犬と、それからこの子熊との間の境がわからなくなり、子熊のために同情したのが、かえって自分の身に火がついたように思い、この子熊の前途の運命を、よくしてやることが、自分の身に降りかかる火の子を払わねばならぬことのように思われ、
「こっちで買うんだ、この熊はよそへはやれねえ……」
と叫びました。
三十八
それは当然のなりゆきです。この子熊のために親の敷皮を買ってやった時から、定まったなりゆきでありました。米友の同情は、そこまで導かれねば止まないことは、初めにわかっているのだが、米友は今更のように、こうなった上は徹底的に、子熊の運命を見届けねばならないという自覚で叫びました、
「先生に頼んで買ってもらわあ、おいらが買えなけりゃ先生に頼まあ」
先生というのは道庵先生のことです。
熊の皮を買うのは、米友の独力で無難に進んだが、それは子供であるとはいえ、生きている動物一つを買い取るには、自分の懐ろだけにそうは自信が置けなかったの
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