させられたようなことはなかったか。
しかし、物事はあんまり見くびるものではありません。米友といえども、多少は道庵よりお給金もいただいていることでもあろうし、今日まで何かにつけての稼《かせ》ぎ貯めというようなものを、本来、酒を飲むではなし、バクチを打つではなし、女に注ぎ込むという風聞を聞かない男だから、相当に貯め込んで、腹巻かなにかにおさめているに違いない。タカが熊の皮の一枚、高かろうとも、安かろうとも、はたで心配するほどに持扱いもしなかったろう。いくらで売りつけられて、いくらで買い取って、それが多少の買い得であったか、全然買いかぶりであったか、その辺のことは、あまり深くたずねないがよいと思う。ただともかく、こうして米友がかなり御機嫌よく車上の客となって、名古屋へ乗込んで行く光景を見れば、事の交渉は、双方の折合いで無事に解決したものと見てよろしい。
ほどなく、米友は車力に頼んで、一袋の煎餅《せんべい》を買い求め、それを檻の中の子熊に与えることで、我を忘れるの境に入りました。
そうして行くうちに、この子熊に対する愛着が、ようやく深くなってゆくことは是非もないらしい。
木曾街道では、
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