友は畳みかけて、
「それもお前、普通の遺身《かたみ》と違って、生皮なんだろう、それをお前、欲しがって離れられねえというのは人情だろうじゃねえか、人情を無視して、それを引裂こうなんて、どうしても罪だなあ」
 米友が、その怪力で後ろから車の桟を抑えているものだから、前なる車力が、車を引き出そうにも引き出せません。
 そこで、勢い、大勢の者も米友を相手にして、一応挨拶の形をつけねばならなくなりました。
「なあに、畜生のことですから、今はあんなに騒いでも、直ぐに忘れてしまいまさあね、打捨《うっちゃ》っておいて下さいまし」
 こう言って、米友をなだめにかかったが、米友はそれを肯《がえん》じません。
「いまに、忘れるか、忘れねえか、それは熊に聞いてみなけりゃわからねえ、眼前、こうして恋しがるのを人情として、見殺しにするのは罪だあな。その皮をくれてやんな、あんなに欲しがるんだから、皮をあの子熊にくれてやんなよ、いくらのもんでもなかろうじゃねえか」
「へ、へ、どういたしまして、これでなかなか安い品じゃございません、玩具《おもちゃ》にくれてやれるはずのものじゃございません」
「そんなら、おいらに売ってく
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