大男が大勢かかって、一頭の子熊を、車上の檻の中に押し込んでしまって、ホッと息をついているところです。
子熊は檻の中にころがし込まれながら、悲鳴をあげて、親皮の方をながめながら、足をバタバタしているのに頓着なく、店の者共は、
「いや、どうも御苦労さまでした、それではまあ親方へよろしく」
「どうもはや、御苦労さまでした」
車力がそのまま車の棒を取上げる。檻の中へ入れられた子熊は輾転《てんてん》として、烈しく悲鳴を立てました。その時ずかずかと走《は》せ寄った米友は、大八車の桟《さん》を後ろから引っぱって、
「まあ、待ってくんな、どうも罪だよ、見ていられねえよ」
と言いました。
「へ、へ、へ」
何ということなしに、一同がテレて、面《かお》を見合わせていると、米友は、
「どうも見ていられねえよ、子が親の遺身《かたみ》を恋しがるというのは人情だからなあ」
と言いました。この場合、人情というのは少しおかしい、正しくは熊情というべきでしょうが、それを訂正している余裕が米友になく、また集まっている人たちも、米友の権幕が意外に真剣なものだから、その言葉ちがいを笑っている暇がありませんでした。そこで米
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