した」
「香具師に売る……」
と言って、そのまるい目を異様にかがやかせたものです。

         三十六

「ま、ま、ま、待ちねえ」
 それを聞くと米友が、まるい目を異様に輝かせた後、その口を烈しくどもらせて、
「ちっと、待ってくれよ」
 人々は、この異様な小冠者と挙動に、やや驚かされはじめました。それを米友が畳みかけて、
「待ってくんなよ、お前さんたち、この熊の子を香具師《やし》に売るんだって、香具師に売るんなら売るんでいいけれども、そうなると、この親熊の皮はどうなるんだ」
「ええ、皮の方は売りませんのでございますよ」
「そいつは無理だな」
 米友が、やや詠嘆的に言いました。人々は熊の子を檻に押し込むことに夢中で、米友の言うことに多く取合っている余裕がありませんでした。
「そいつは、ちっと無理だよ、どうしても売らなくってならねえんなら、皮も附けてやんな」
 更に米友が、勧告とも、要求ともつかない口出しを試みたけれど、挨拶がない。
「あれほど欲しがるんだから、皮もつけてやんな」
 三たび米友が勧告しましたけれど、やっぱり誰も取合いません。そのうちに、ようやくのことで、ともかくも、
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