ませんや」
だが、昨晩あれから引きつづいての悶着ではあるまい。昨晩のことは一旦あれで済んで、今朝また別の勢いで、繰返しているに過ぎないだろう。それにしても、人間というやつは、知恵も、力も無さ過ぎると、そぞろに哀れを催したが、さりとて、なぜかこの連中に代って、熊の子を、熊の皮からもぎ[#「もぎ」に傍点]離してやろうという気にもなりませんでした。
そのうちに、大勢の力を極めて、ようやくにして、熊の子の手から、熊の皮をもぎ離してしまうと、子熊を有合わす縄で、よってたかって縛り上げて、そうして米友がさいぜん見た、大八車の上の四角な檻の中へ、無理矢理に押し込もうとするのです。人間共に寄ってたかって手込めにされるから、子熊はなお力限りに争って、悲鳴を揚げながら、しきりに身振りをするのを、例の親熊の皮を欲しがって身悶《みもだ》えをするのだということが、昨晩の実例と、説明とを聞いているだけに、米友の頭にはハッキリと受取れました。
「無理はねえ――」
その途端に、米友が、何かに感動させられたように、急に身ぶるいし、
「その熊の子をどこへ連れて行くんだい」
「名古屋の香具師《やし》に売ることになりま
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