ょうど、米友の出口を遮《さえぎ》っているから、街道へ出るには、その車を廻らねばならぬ。その通りにして米友が車の表へ出ると、悶着というのは、そこで展開されていた出来事なのです。
 それは別事ではありません、例の熊の子を、幾人かして抱きかかえて連れ出そうとするのを、前例の如く子熊がしがみついて離さない、大の男が幾人も手をかして、しがみついた熊の子をもぎ取ろうとして、昨晩、米友の部屋で行われたと同様の悶着を、ここでも繰返しているのです。
 しつっこい話だな――と、米友が少しく眉をひそめて見ていると、熊の子が、例の親熊の皮だというのに必死になってしがみついているのを、数多《あまた》の人が、もぎ取ろうとしていること、昨夜と変りがありません。
「まだ、やってるのかい、どうしたんだなあ、しつっこいじゃねえか」
と、米友が口を出して呟《つぶや》きました。通り一ぺんの男の差出口なら取合いもしないのだが、これは、かりにもお客様のお言葉だから、熊の子いじめの宿の若い者も、一応の挨拶を返さないわけにはゆきません。
「いや、どうも、なかなか強情な子でござんして、熊だけに、力があるもんでござんすから、なかなか離し
前へ 次へ
全163ページ中113ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング