さんの前へ伺候しようとして女中に聞くと、その一行はもう出立してしまったという。
そうかそうか、悪い時には悪いものだ、グレる時には一から十までグレるものだ、ここでも、みんごと、置いてけぼりにされてしまった。よく、聞いてみると、お角さんは存外、腹を立ってはいなかったらしい。
「あのお客さんも疲れたらしいから、ゆっくり寝かしてお置き。目が醒めたら御飯を食べさせて、わたしたちは先へ名古屋へ行っているから、これこれのところへ、あとから尋ねておいで……」
とこう言って、お角さんが米友のために、充分な好意を残して置いて先発したらしいから、米友もホッと息をつきました。
米友としては、度胸を据えたようなもので、飯も食い、お茶も飲み、旅装も型の通りにして、上《あが》り框《かまち》から草鞋《わらじ》を穿《は》き、笠をかぶり、杖を取って、威勢よく旅を送り出されようとする時、その出鼻で、またしても一つの悶着《もんちゃく》を見せられてしまいました。
それは、大八車が一つ、この宿屋の店前《みせさき》についていて、そこに穀物類が片荷ばかり積み載せてあるその真中に、四角な鉄の檻《おり》が一つある。その大八車が、ち
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