くということが、これ大きな不思議であります。
道庵先生にも、一目も二目も置いているけれども、これは先輩長者としての尊敬から出るので、正義と、理窟の場合には、一歩を譲ることの引身《ひけみ》をも感じていないのだが、お角さんに逢うと、正義も、理窟もなく、無条件で米友がすくんでしまうのは、おかしいくらいです。
これは前世の悪縁とかなんとか言うよりは解しようがありますまい。蛇と、蛞蝓《なめくじ》と、蛙とが相剋《そうこく》するように、力の問題ではなくて、気合のさせる業。理窟の解釈はつかない宿縁というようなものの催しでしょう。
とにかく、米友は、やみくもに出発しようとして、お角さんのことを考えると、ポッキと決心が折れてしまい、恨めしそうに、お角さんの方の部屋をながめたが、やがて、くずおれるように下にいて、せっかく、ととのえた旅の仕度を、いちいちもぎ放してしまって、今まで飾り物のようにしてあった宿の夜具蒲団の中へ、有無《うむ》をも言わさずに、もぐり込んでしまいました。
三十五
さて、二度目に目が醒《さ》めた時は、しなしたりや、もう日脚が高い。むっくと起きて、そのまま、お角
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