し、身をすりつけて、じゃれかかって来る有様は、たしかに自分を他人とは見ないで、なつかしくて、懐かしくて堪らないでやって来た風情《ふぜい》であります。
 おそらく、久しぶりで、ムク犬に逢うたならば、あの犬は、これと同じようにして、自分にすりついて来て離れないに相違ないが、これはこれ、ムクでないことは確かで、米友としてはまだ、こうして、夜這《よばい》にまで来られるほどに、熊という猛獣族の中に、馴染《なじみ》をもっているとは思い出されないのです。人違いではないか。だが、子熊の米友を懐かしがり、じゃれつき、すりつき、くいつき、だきつく風情というものが、到底、親身でなければこうはいかない親しみがあり、いよいよこの男を面喰わせてしまいました。

         三十三

 そのうちに廊下で、人が騒ぎ出しました。
「熊の子がいない、熊が逃げ出した、それ大変だ」
 廊下でバタバタして、しばらくあって、
「ああ、ここだ、ここだ、ここの障子が、こんなに破いてある」
「うむ、足あともそこで止まっている」
 それがちょうど、米友の座敷。
「御免下さいまし」
「何だい」
「夜中にお騒がせして相済みません、もし
前へ 次へ
全163ページ中105ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング