、聞いていて、さすがの主膳を撞着せしむるものがある。
家族の罪か、早熟のせいか、主膳をして、ほとほとその原因を究めさせたくなるほどにマセ[#「マセ」に傍点]た奴がある。
自分が胴元となって、本式にばくち[#「ばくち」に傍点]をかり催す手際を見ていると末怖ろしくなる。
主膳がかくの如く、如是《にょぜ》の少年をかき集めて、野性そのままの露出を妨げないものだから、子供たちは、こんないい監督のおじさんは無いと思う。
まだ白いと思っている新入生が、二三日してみるみる赤くなってしまう。
善良の面影《おもかげ》のあった新入生が、このグループへ連れて来られると、見る間に塗りつぶされて行くめざましさを、主膳は舌を捲きながらも、痛快にながめている。
且つまた、流行物を移入することの迅速なる手際。これもまた子供わざと思えないのです。
たとえば、メリケン遊びというのがある。
芝生の上へ広く四隅に人を配置して、一人が球《まり》を投げると、それを一人が棒で受け飛ばしたり、手で受けとめたりして、その度毎に一種異様な声を張り上げて、
「フラフラホウ、フラアラアキャット」
というようなことを叫ぶ。
真中にいて、球を投げる奴が、妙に気取った恰好をして、肩をグルグル廻したりなんぞしている。球を受け留めると、
「フラフラフラホウ、フラアラアラキャット」
なんぞと口走る。
主膳には、それが何の真似《まね》だか一向にわからないが、子供らは心得顔である。
それから、また一隊は座敷へ上りこんで、それで、いつ誰が懐中して来たか知れない将棋の駒を取り出して「南京双六《ナンキンすごろく》」とやらをはじめる。
その方法の複雑なる、日本の花がるたの、もう少し混み入ったようなものを、年嵩《としかさ》の子供の教導によって、たちまちに覚えこんでしまう。
見ている主膳もわからない。また、こんな新遊戯術がいつ流行して来たか自分も知らなかった。
だが、メリケンと言い、南京と呼ぶからには、ともかく最近外国から渡来して来たもののうつしに相違あるまいとは思われる。
主膳は流行の潜勢というものと、少年の感染力というものを、そこに見せつけられて、思わず身ぶるいをしました。
遊戯を好み、雷同性を助成せしむることが、国民性を最も軽薄に導くことに有力であるという説を聞いたことがある。国を亡ぼそうとすれば、兵力を以てするよりは、国民のうちの、いちばん、上っ調子な、惰弱《だじゃく》な、雷同的な人気商売の部分を利用して、悪い遊戯を流行させるのがちかみちだという昔の歴史を聞いたことがある。
そこで、メリケンとか、南京とかいう者共が、こんな軽薄な競技を日本に流行させて、日本の国粋をけがす手段ではないか、なんぞと主膳も、がら[#「がら」に傍点]になくそぞろ憂国の念を感じてきたもののようです。
事実、大人の道楽者にあっては大抵は驚かないが、子供の堕落には、主膳ほどのものが全く怖れる。
「後世おそるべし」
けれども、当座の間は、悪太郎ばかりで、女の子というものは更に加わらなかったけれど、ある日、一人の、ここに常連の子供たちよりは、やや年長で、がらも大きいし、容貌も醜いほどではないが、なんとなく締りのない、低能に近いほどに見ゆる女の児を一人、子供の愚連隊が連れこんだことによって、今までとは全く異った遊びの興味を湧かすのを、主膳が見ました。
「今日は、おいらん遊びをしようよ、吉原のおいらん遊び」
その低能に近い女の子を、多数の子供で一室に連れこんで行く。主膳が遠くから見ていると、その女の子が別段こわがりもせず、いっそ、嬉しそうに連れられて行くのを見ました。
後世おそるべしとは言いながら、ただみまねききまねだ、吉原が何で、おいらんが何者だか知っていてするいたずらではない――と、タカをくくって為すがままにさせて置いたけれど、それを見過ごせなかったのはお絹でありました。
ふと、通りかかったお絹は、子供たちがする「おいらん遊び」というのを、のぞいて見て、立ちすくみの形です。
「お前、廻しを取るんだぞ」
「おいらんが廻しを取る間は、みんな離れ離れにならなくっちゃいけねえ」
お絹はそれを聞いて、ほとほと見る元気もありませんでした。
低能に近い女の子を連れ込んで、廻しをとる遊びをさせている。これが子供のすることか。
お絹は、なんぼなんでも、こんな遊びを放任して置くのはよくないと思いました。主膳に言いつけて、キッパリ断わらせなければならないと意気込みました。そこで、主膳のもとへかけつけて、
「あなた――」
と口を切って――このごろは、若様なんぞは全く口の端《は》に上らないで、あなたが常用になっています。そうして、いま、見て来た子供らの浅ましい遊び方を告げて、なんぼなんでも、あればっかりは止《と》めなければいけません――と気色ばむと、主膳がニタニタと笑い、
「廻しをとるのは、おいらんばかりじゃあるまい」
と言ったのが、いつになく下品に、侮辱的に聞えたので、お絹がむらむらとしました。
三十六
その翌日、ひょっこりと姿を現わして、縁に腰を打ちかけた例の如く旅ごしらえの七兵衛、
「どうも御無沙汰を致しました」
「あんまり御無沙汰でもなかろうぜ」
「つい、口癖になってしまいましてな」
早くもかます[#「かます」に傍点]を取り出して、煙草にかかる。
「商売の方は、どうだい」
と主膳がたずねる。
「へ、へ、ちょっと当りがつくにはつきましたが、どうも、はや、あんまり子供じみた推量が、自分ながらおかしいくらいなものでございました」
「何を言っているのだ」
「いや、殿様にもかねて御心配をかけましたことでございますが……」
「ふむ――」
と主膳はその時、槍の穂先を拭っていたが、万事心得顔に、
「あんまり高上りをするとあぶない、もうその辺であきらめた方がよかろう」
「お言葉ではございますが、ここまで当りのついたものを、このままではあきらめられません」
「当りがついたというのは、つまりその有無の境がハッキリしたというだけの意味だろうなあ。つまり、お前の目をつけた代物《しろもの》が、現在でも存在しているか、いないか、存在しているとすれば、どこにあるか、その当りがついたというわけだろう。まさか、いくらお前でも、まだその現物を手に入れたというわけじゃなかろう、どんなものだ」
「お察しの通りでございます」
「うむ、実は拙者もお前からの頼みで、あちらこちらを聞き合わせてみたがな、秘密中の秘密といったようなわけで、要領を得たような得ないような、近頃の難物だが、そのうちの幾つかは、あの才物の勝安房《かつあわ》めがたしかに押えているという話も聞いた。また小栗上野《おぐりこうずけ》が、ひとりで、そっと持ち出して赤城山の麓にうずめて置くなんて、まことしやかに言う奴もある……」
「いや、どうも、いろいろの取沙汰はございますがね、なぜか存じませんが、残っているには残っているに相違ございませんな。残っていさえすれば、ちょっと一枚だけ暫時拝借してみたいなんて、だいそれた御本丸まで忍び込むなんぞと、ずいぶん、七兵衛も高上りを致したもんでございますが、成上り者の地金は争われません、それは自分ながらはや全くお気の毒みたような、甘い了見でございました」
「どうしてな」
「まあ、早い話が、あの千枚分銅の一枚が、かりにどこかに残されてあると致しまして、殿様、その一枚の目方が、おおよそどのくらいあると思召《おぼしめ》します」
「左様――なるほど、形はよく知っている、それに『行軍守城用、勿作尋常費』と刻印があることも聞いている、大きさもおおよそのところはわかっているが、目方はどのくらいあるかなあ、それはちょっと聞き洩《も》らしたよ」
「七兵衛も、そこに抜かりがございました。御宝蔵へ忍び込み、まんまとちょろまかして、小脇にかいこみ、さて花道へかかって、四天を切って落しの、馬鹿め! と大見得を切って、片手六方で引込みの……と至極大時代のお芝居がかりで当ってみましたが、なんの、殿様、あの千枚分銅の一箇の目方が四十八貫目あると知った日には、うんざり致しました」
「ナニ、四十八貫目……それが一かたまりの金《きん》か」
「間違いございません。四十八貫目ではいくら金でも、ちょっと手に負えませんな、よしんば、盗み出したところで、張貫《はりぬき》の小道具のように片手に引っかかえるというわけには参りません、ようやっと持上ったにしたところが、持ち出すまでには夜が明けちまいます。まさか大八車を御本丸へ引き込んで置いて、盗み出すわけにもいきますまいしねえ」
「そうか――四十八貫の金では、かなり大したものだな」
「積ってごろうじませ、千枚分銅と申しますのは、こいつが一箇で大判が千枚取れるというんでございます、今の値段にしたらどのくらいになりますか、かりに大判一枚を十両としますと、十枚の百両、百枚の千両、千枚の一万両、それを十層倍に見ますと十万両、そんな値段もございますまいが、一匁を五両と致しますと、四十八貫目では二十四万両、そいつを数知れずこしらえて、秀頼様のために残して置いたんですから太閤様でなければ、やれない仕事でございますな。権現様も、大阪に集まる浪人衆には怖れなかったが、この黄金の力を怖れたそうでございます。そいつが権現様の手に入ってから、後世、だんだんにつぶされてしまったのは、どうも時勢やむを得ないこととは存じますが、惜しいものでございます。どうか、一つだけは現物のままで永久に残して置きたいとこう思い込んだものですから、実は七兵衛とても欲にからんだというばっかりではなく、そう申し上げてはなんだが、当時惰弱の公方様《くぼうさま》に任せておいては、多分、その一つさえ元も子も無くなってしまやしないかと、こう思いますから、そいつを一つ、ちょろまかして、世間が鎮まるまでどこぞ深い山奥へでも隠して置いたら、どんなものかと、そんなばかな了見で、仕事にかかったものでございます。それでもまあ、苦心の甲斐があったというものか、ようやくこのごろになって、その一つだけは、その目方と、在所《ありか》だけは朧《おぼろ》げながら突留めて参ったという次第でございます」
「そうか、さすが蛇《じゃ》の道だ、拙者共の伝手《つて》で、どうしても要領を得なかったものを、お前の働きであたりがついたとは感心だ。いったい、その代物はどこにある?」
「その一つは、たしかに尾張名古屋の城の、御宝蔵にあるとこう睨《にら》みました」
「名古屋の城に――」
「はい、尾張名古屋のお城というところには、どういうものか、徳川のお家の選《え》りすぐった宝という宝がよせ集めてあるようなあんばいでございますな。大阪の城から取って来た、太閤様のエライ品物はお江戸には置かず、みんな尾張の名古屋にしまってござるというのは、権現様の思召《おぼしめ》しで、名古屋が、何につけても、いちばん安全だというところから、そんなことになすったという説もございますが、太閤様の御威勢でおこしらえになった贅沢品《ぜいたくひん》という贅沢品がすぐって、あの尾張名古屋の城に入れてございますようですから、たいしたものでございます。外へ出ている金の鯱ばかりが名物ではございません、お城の中には、今いった千枚分銅をはじめ、宝という宝が腐るほどうなっているんだそうでございます。そこでこの七兵衛もまた出直して、尾張名古屋へ当分根を生やそうかと思いまして、それで、ちょっと、お暇乞《いとまご》いに上ったようなわけなのでございます。これはお土産のしるし……」
と言って七兵衛は、保命酒のようなものを一つ取り出して主膳の前に置き、そのまま、風のように、さっ[#「さっ」に傍点]と出かけてしまいました。それを、あっけに取られて見送っていた主膳が、
「相変らず忙しい男だ、お土産を持って到着の挨拶に来たのだか、出立の暇乞いに来たのだかわかりはしない、羽の生えている奴にはかなわねえ、尾張名古屋への往復が、芝金杉へ行くような調子なんだから。だが、危ねえもんだなあ、あいつ、
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