野心を起さないものが無いとは誰も断言できないでしょう。ところが今日まで、今後もそうでしょうが、お雪ちゃんを渇仰《かつごう》するものはあるけれども、ついぞ手出しをしようとした奴が無い、そこにお雪ちゃんの潔白と、純粋から来るつよみがあるのです」
「ちっとも存じませんでした、わたしにそんな強味があることを」
「ちっとも存じないところが強味なんですよ、これを存じていてごらんなさい、ツンと取りすましてみたところで、隙《すき》はありますよ……とにかく我々も、ずいぶん世間を渡っている人間ではありますが、それでも、お雪ちゃんのような女性を見ることは、そんなに多くはありません。宝玉というものは、やっぱり深山へ来なけりゃ掘り出せないのかも知れません」
「北原さんも、ずいぶん、お世辞がお上手なんですね」
「ええ、これでも、女では相当に苦労をした覚えがあるんですから、相当に女を見る目もあるにはあるべきでしょう。ところで、お雪ちゃん、あなたの珍重すべき所以《ゆえん》を信じますと共に、その危険についても看取しないわけにはいきません、賞《ほ》めているばかりが親切じゃありませんからね――あなたのお年頃、そうして、自己
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