ていますの。手紙ばっかり書いたって、出すたよりは無いでしょう、ですから、書いたきりの手紙がもう、こんなに高くなっていますのよ。でもいくら書いても書き足りないものですから、今でも、書く事のなくなるのを心配するよりは、こんなに毎日書いて、せっかく用意して来た紙がなくなりはしないかと、そればっかり心配になって仕方がありません」
「へえ――驚きましたね」
 北原賢次は三たび手放しで、あっけに取られました。
 しかし、北原はそだちがいいから、下品な冷やかしを打込む男ではありません。
「それはそうとして、お雪ちゃん、鳩の方はとにかく、この名古屋行の分を貸して差上げましょう、この鳩は、尾張の名古屋までしか行かない鳩だということを、忘れてはいけませんよ」
「それはただいま承りました」
「しからば、その弁信さんというのは、ドコにおいでなさるのですか」
「それは、わかりませんけれど……」
「その居所のわからない人のたよりを、名古屋へしか行かない言伝《ことづて》に頼んだところで、無益じゃありませんか」
「それでも、弁信さんは、しょっちゅう旅をしつづけている人ですから、もしかして、途中でこの鳩にでくわさないと
前へ 次へ
全514ページ中92ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング