お友達の弁信さん――面白《おもしろ》いですね、お雪ちゃんほどの娘さんが、まずたよりをなさろうというのに、故郷《ふるさと》や、親や、兄弟のことをおっしゃらず、まっ先[#「まっ先」に傍点]にお友達のことをおっしゃる。そのお友達こそ、ずいぶんのあやかり者だと思います。しかもそれが女のお友達じゃありませんね、弁信さん――の名が示すところによれば、男の方ですね、男もしかしどうやら俗界とは離れたような呼び名。なんにしても、まっ先に、あなたから呼びかけられる弁信さんは果報です。さだめて綺麗《きれい》なお寺小姓か、若い美僧で、忘れられない、あなたの昔なじみなんでしょう」
「ええ、全く、わたし、世の中に弁信さんほど、よい人は無いと思いますわ」
と、お雪が言い出したものだから、北原賢次が再び度胆《どぎも》をぬかれてしまいました。
「へえ、弁信さんてのは、そんなに、いい人なんですか」
「全く、この世の中に、あんないい人はありません」
「驚きましたねえ」
北原の方がかえっててばなしになって、驚いてしまったが、お雪はいっこう平気で、
「ですから、わたし、毎日毎日、隙《ひま》さえあれば弁信さんに宛てて手紙を書い
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