めしていると、
「北原さん――」
という覚えの声。
「おや、お雪ちゃんじゃありませんか」
賢次は白樺をなめしていた手を休めて、全く物珍しそうにこちらをながめ、
「珍しいじゃありませんか」
「お一人ですか、何をなさっていらっしゃるの」
「お雪さん、まあおはいりなさい、いま拙者がしきりに工夫を凝《こ》らして、一代の大発明を完成しようとしているところです」
「お火がありましたら、少し頂戴させていただきとうございます」
「火ですか――」
北原賢次は今更のように炉中を見ると、よく枯れた木の根が煙を立てずに赤い炎を吐いている。
「有りますとも、この通り。お持ちなさい、いくらでも」
火箸《ひばし》を取って火を掻《か》き出してやると、お雪は中へはいって来て、
「ほんとにわたしの部屋は変なのです、いくら炭をついでも、立消えばっかりしてしまいますものですから」
「それはいけません、炭が悪いんでしょう、火種ばかりよくっても、炭が悪くっては持ちません」
「炭だって、そう悪い炭じゃないようですけれど、熾《おこ》ったから安心と思っている間に、水をかけたように立消えてしまうんですものね」
「では、炉がいけない
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