致しておりますものでございますから、旅を旅とは致しません、旅が常住でございます。陸に住む人は、水へ行くとあぶないと子供を叱ります、水に住む人は、陸は怪我をし易《やす》いからといって子供を叱ります、旅を常住とする私が、旅を恐れないのは、死がすなわち人生の旅宿《はたご》だと、こう信じておるからでございます――私風情は取るにたりません――古来、大いなる旅行家は皆、大いなる信仰の人でございました」

         十四

 白骨の温泉では、いたずら者の北原賢次が、例の炉辺閑談《ろへんかんだん》の間で、炉中に木の根を焚いて黍《きび》を煮ながら、一方ではしきりに小鳥いじりをしている。
 見るところ、やや大きな小鳥籠が三つあって、その中に都合十羽ほどの鳥がいます。その鳥はみんな鳩です。
 十羽の鳩を前に置いて、北原賢次は白樺《しらかば》の皮を剥《む》いて、それを薄目に薄目にと削りなしている。賢次は、剛情で、いたずら気分を多分に備えた男だが、器用で、絵心もあり、細工物に味を見せることもある。
 そんなことが、この冬の温泉ごもりには、結構な退屈しのぎになるらしい。小鳥を前にして、しきりに白樺の皮をな
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