しや、あなた様は、伝教大師《でんぎょうだいし》の御再来ではございませんかといって、この弁信を伏し拝んだ光景が、はっきりと私の頭にうつりましたから、私は驚いてしまって、その人の手を取って起き上らせ、勿体《もったい》ない、どうしてわたくし風情《ふぜい》が、古《いにし》えの高僧のお生れかわりだなんて、僭越《せんえつ》も僭越――左様なことをおっしゃられると、私は冥加《みょうが》のほどが怖ろしうございますといって、その人の手を取って、私がその方の前に平伏してしまいました。だが、その方は、どうしても、あなた様は伝教大師の御再来に相違ないといって、わたくしを立てて、御自分が、わたくしの前に跪《ひざまず》いて頭をお上げなさらないのに、私は窮してしまいました――そんなようなわけで、私はこの際の白骨入りは、ほとんど凡人業《ぼんじんわざ》とは見えないほどの冒険と見えたのでございましょう――事実、私は御覧の通りの瘠《や》せ法師で、大きな胆力も無ければ、勇気のほども微塵《みじん》あるのではございません、ただ人生を旅と心得ていることだけを存じておりますものですから、到り尽すところが、すなわち私の浄土と、こう観念を
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