でございます」
 いやに、しらちゃけた返事が、何ともいえないいやなすさまじさを与える。
「え、誰じゃ、何しに来ました」
 さすがの夫人も、最初の凜とした声の冴《さ》えを失って、一時は、度を失った狼狽《ろうばい》ぶりも見えたようです。
「御免下さいまし、御免下さいまし」
「おお、そちは曲者《くせもの》な、ちょっともその障子をあけることはなりませぬぞ」
「はい」
「無礼をすると許しませぬぞ、何ぞ用事があらば、それにて申してごらん」
「え、え、別に用事といって上った次第ではございませんが……またこの通り丁寧に御挨拶を申し上げてるんでございますから、決して御無礼なんぞを致すつもりもございません」
「深夜人の住居をおかす、それが無礼でなくて何であります」
「え、それは、その、憚《はばか》りながら、私共の商売だもんでございますから」
「あ、わかりました、そちは金銀が欲しいのだろう、金に困って、盗みに来たものだろう」
「え、左様なわけでもございません、それは時と場合によりましては、ずいぶん、お金が欲しくて、皆様のところへ頂戴に上ることもないではございませんが、今晩、このところへ参上致しましたのは、お
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